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2014年03月06日

While My Guitar Gently Weeps

01
While My Guitar Gently Weeps

While My Guitar Gently Weeps 
The Beatles
ホワイル・マイ・ギター・ジェントリー・ウィープス
ザ・ビートルズ
from THE BEATLES "WHITE ALBUM"

written by George Harrison

ビートルズの僕の10曲その4

ビートルズの4曲目は、ジョージ・ハリスンの大傑作。
この曲を大好きという人はかなり多いでしょうね。

僕は、ビートルズ聴き始めのまだLPを2枚しか持っていなかった頃に、
友だちの家に行ってこの曲を初めて聴きました。
友だちのお姉さんがビートルズが好きで、レコードがたくさんある
というので遊びに行きましたが、もちろん半分はジェラシー(笑)。
日本ではOb-La-Di, Ob-La-DaのB面としてシングルカットされ、
僕はそのA面曲が大好きでしたが、この曲をかける時に友だちが
「これはすごくいい曲だぞ」といったのを覚えています。
いざかかると、もうイントロの段階でノックアウトされました。
ジョージの泣きのヴォーカルと哀愁の歌メロにもしびれたし、
その時は誰かを知らなかったけど、凄いギターに圧倒されました。
すぐに聴きたくなり、2枚組LPは高くてすぐには買えそうになく、
友だちに頼んでそのドーナツ盤を借りテープに録音して聴きました。
この曲は、大袈裟ではなく、最初に聴いた衝撃の大きさは、
僕が生きている間に聴いた曲では最大にして最高のものです。

こんなにも凄い曲が世の中にあっていいのかって。

僕はもちろんビートルズを後から聴いたわけであり、
この曲をかなり早い段階で聴きましたが、その時はまだ
ビートルズ内でのパワーバランスが漸く分かりかけた頃であり、
そんな中でこの曲を聴いてしまったがために、その後暫く
ジョージを「過大評価」していました。
ただし僕は、今でもジョージへの思い入れは強いほうではあります。

そしてもうひとつ、僕は、エリック・クラプトン
この曲でギターを弾いているギタリストとして知りました。
当時はまだ洋楽全般は聴いておらず、一方ビートルズの本は読んでいて、
エリックの名前と存在を知り、ジョージの親友であることも知りました。
だからエリックは僕にはずっと特別な人です。
といって熱心にすべてを聴き込んでいるわけじゃないんだけど。

02 
While My Guitar Gently Weeps

さてここで、いつもの「レコーディング・セッション」から
この曲についての部分を引用します。
ジョージの曲なので当然というかジョンのコメントはありません。
なお、引用者は改行など文意を損なわない程度に手を加えています。

Thursday 25, July, 1968
アビイ・ロード第2スタジオ

ジョージ・ハリスンは辛抱強く待っていた。
彼も新曲を用意していたのだが、彼自身の率直な言葉を借りれば、
「ポールとジョンの曲を10曲くらいやってからでないと時間を
もらえなかった」。
5月30日にLPのセッションが始まって以来、彼はずっと自分の
マテリアルを表に出せなかったわけだが、最終的には、
THE BEATLES用に5曲を録音する。
しかしもっとも有名な曲がこのWhile My Guitar Genly Weepsだ。
ビートルズのレコーディングの多くがそうであるように、
この曲も、当初のアイディアと完成版の間にはかなりの差がある。
この日にビートルズがリハーサルをした数テイクのテープは、
ジョージが自宅で聴くために持ち帰った。
が、正規の第1テイクは、今もアビイ・ロードの保管庫にある。
これはビートルズというよりも、ジョージ・ハリスンが録音した
というべきもので、ソロ・ヴォーカルとアコースティック・ギター
のみをフィーチャーした(ただし、エンディング近くにオルガンの
オーバーダブが入る)、非常に美しいヴァージョンだ。
「あの曲は完成するまでの間にすごく変わったんだ。
最終ヴァージョンは8トラック・テープに録った(後詳述)ので、
彼らはやたらいろんなものを入れたい衝動に駆られたのさ。
僕個人としては、あんなにゴチャゴチャさせないほうが
よかったと思う」とはエンジニア談。
確かに、この第1テイクほどすっきりしたレコーディングはないだろう。
また、これほど優美な未発表ヴァージョンもない-ジョージの
全キャリアを通して見ても、これを凌ぐ作品は数えるほどしかない
と言っていい。
3分13秒の長さで、最終ヴァージョンにはない最終のヴァースを含む
このテイクは、ハリスンがコントロール・ルームに向けた
「聴き返してみよう!」という幾分皮肉な言葉とともに終わる。


先ほど書いた「ジョージへの過大評価」について、
ここからジョージのバンド内での立場が分かりますね。
成長期のジョージ、自分の曲を作りたくてうずうずしていたことでしょう。

僕は大学時代に一時ビートルズの海賊盤に凝っていて、
このヴァージョンは、OFF WHITEというそれこそ灰色のジャケットの
海賊盤CDで聴いて感動しました。
そう、未発表ヴァージョンとしてはあまりにも素晴らしすぎる。
これは今ではANTHOLOGY 3で聴けますが、最後のヴァース
♪ As I sitting here doing nothing but aging
「僕はここに座ってただ年をとってゆくだけ」というのは、
インドで何かを悟ってきたのかなというくだりで重たいですね。
ただでも、僕はやっぱり、正規レコードのほうが好きです。

なお、ここで「ジョージは5曲を録音する」とありますが、
ホワイトアルバムに収録されたジョージの曲は各面1曲の計4曲。
もう1曲は、最終的にボツになり、ジョージ自身が後に再録音し、
さらにはANTHOLOGY 3に収められたNot Guiltyのことです。

Friday 16 August
アビイ・ロード第2スタジオ

7月25日に録ったこの曲のアコースティック・ヴァージョンは、
他の3人に聴かせるためのデモとしてのみ供された。
ジョージはこの曲をまったく別の形でレコードにしようとしていた。
この曲の録音は9月6日まで続く。
この日の第1ー14テイクは、ドラムス(リンゴ)、ベース(ポール)、
オルガン(ジョン)、ギター(ジョージ)から成る新しい
ベーシック・リズム・トラック。
第14テイクを機械操作したことにより第15テイクでは曲の長さが
3'53"から4'53"に伸びる。
このセッションのプロデューサーが誰だったか、確かなことは分からない。
「ジョージ・マーティンはこの頃になるとだんだんグループを
放任するようになった。
休暇や他のセッションでマーティンが来ないことがよくあって、
そんな時は4人が自分たちで勝手にプロデュースしていた。
マーティンはずいぶんと長い間平気で彼らを放っておいたよ。
スコアやアレンジのこととなると、彼らはマーティンを頼ったけどね」
とはエンジニア談。


ビートルズのプロデューサーがジョージ・マーティンでなければ
彼らはこれほどまでに大きな仕事は成し得なかったでしょうね。
この話は、「自由と規律」を重んじる英国人らしい、そして
マーティンは彼らがほんとうに尊敬していた「先生」だったことが
分かってほっとする部分がありますね。

録音はまだ続きます。

Tuesday 3 September, 1968
アビイ・ロード第2スタジオ。

トライデントで行ったDear Prudenceの録音に刺激された4人は、
今やすべてを8トラックでレコーディングしたかった。
アビイ・ロードにも8トラック・マシンがあると聞きつけると、
彼らは早速「分捕る」ことにする。
「一定の水準に達していない限り、スタジオ側はどんな機材も
決して使わせてくれなかった。それは大いに結構だよ。
でも、よりよいレコーディングを求めてやまないリヴァプール出身の
革新的な若いグループが、マシンの存在を嗅ぎつけたとなると、
なかなか規則どおりにいかなくてね」とはエンジニア談。
このあと間もなく、8トラック・マシンは、使用に適するよう
完全な整備がなされないうちに持ち出されたのだそうだ。
ビートルズがアビイ・ロードで行った最初の
8トラック・レコーディングは、この曲のオーバーダブだった。
まず既録音のトラックが8トラックのテープに移され、
残り6つの空きトラックにオーバーダブを開始。
このセッションではビートルズ、というより
ジョージ・ハリスン(この夜彼はひとりの作業だった)が、
トラック5に、逆行展開のギター・ソロを入れることに専念した。
「ジョージが欲しがっていたのは「泣きのギター」だ。
でもワウワウ(トーン)ペダルは使いたくないといって
逆行展開のギターソロを試みた。
だからスタジオとコントロール・ルームの間を行ったり来たり、
大変だったよ。長い時間をかけてあれこれやってみたけど、
結局全部ボツになった。
ちょうどそんな時、エリック・クラプトンを参加させる案が
持ち上ったんだ」とはエンジニア談。


前半の8トラックの機材を分捕ったという話はまるで、
だだをこねる子どもみたいで面白い、人間味ある話ですね。
そして彼らがいかに音楽に貪欲で研究熱心だったかも分かります。
偶然ですが、3曲目だったDear Prudenceがきっかけとなって
この曲をやり直したという流れでつながっていたんですね。
この日はジョージひとりだったということで、やはり
ジョージのバンド内での立場がうかがい知れます。

Thursday 5 September
アビイ・ロード第2スタジオ

リンゴ・スターがEMIスタジオに華々しく帰還、
彼のドラムス・キットには花が置かれた。
この日の前半では、この曲の8トラック・テープに、
ジョージの2通りのリード・ヴォーカル、マラカス、
追加ドラムスとリード・ギターをスーパーインポーズする。
それでもまだ2トラックの空きがあったが、
このテープへの録音はここで打ち切りとなる。
プレイバックを聴いたジョージが、納得のいくサウンドではないとして、
これまでの録音分をすべて破棄したためで、ビートルズは早々に
リメイクに着手した。
ボツにされたものは、リリース・ヴァージョンとはかなり違って、
ジョージのヴォーカルがあまり目立たず、逆行ギターと
オルガン・パートが前面に出ている。
ジョージはグループを率いて、28テイクの再リメイク録音を行った。
それは第17-44テイクだが、この番号は彼の本意ではなかったらしい。
彼は第17テイクの初めに自分のヴォーカル・マイクで
「第1テイク!」とアナウンスしているが、これまでとは
まったく違う曲にしようという気持ちの表れだったかもしれない。
そして実際ニュー・ヴァージョンは前とはだいぶ異なったものになる。
ホワイト・アルバムに収録されたのはこの再リメイク版だ。
ベーシック・トラックは、ドラムス(リンゴ)、リード・ギター(ジョン)、
アコースティック・ギターとガイド・ヴォーカル(ジョージ)、
ピアノまたはオルガン(ポール、テイクによって違う)。
セッションの終わりのプレイバックで、第25テイクをベストに採用。
残りのオーバーダブ(4トラック分)は9月6日に行われる。


リンゴ・スターが戻ってドラムスに花が置かれていたという話は
微笑ましく、それを見たリンゴの反応にも興味がありますね。
ジョン・レノンがリード・ギターというのが、なんというのか、
最終的なヴァージョンを知っているだけに違和感大ありですね。

しかし結局ジョージは満足も納得もできなかったようで、
ここであることを思いついたのでした。

Friday 6 September
アビイ・ロード第2スタジオ

外部のミュージシャンを起用したビートルズの
スタジオ・レコーディングの中でもっとも名高いのは、この日、
While My Guitar Gently Weepsにオーバーダブとして録音された
エリック・クラプトンの見事なパフォーマンスだろう。
しかし、これは前もって計画されていたことではなかった。
ジョージは録音のわずか数時間前、エリックの車に便乗して
サリー州の自宅(2人ともサリー州に住んでいた)からロンドンへ
向かう途中で、プレイしてみる気はないかとエリックを誘ったのだ。
エリックが「ビートルズのセッションに参加するなんて!」
と言って断ろうとすると、
ジョージは「だからどうした? 僕の曲だぞ!」とやり返した。
クラプトンとハリスンは、1964年に行われたクリスマス・ショーで、
当時クラプトンが在籍していたヤードバーズがビートルズの
前座に出演して以来の付き合いだった。
「エリックは他のセッション・ミュージシャンとまったく同じように
振舞ったよ。控え目で、出番が来るとプレイして、それだけさ。
芝居がかったところは全然なかった。エリックがジョージに、クリームは
レコーディングとなると何度も何度も徹底的にリハーサルして、
実際にスタジオで過ごす時間はほんの少しだけど、ビートルズは
気に入ったのが録れるまで何度でも徹底的にレコーディングするんだね、
と言ったのを覚えているよ。彼らの場合、リハーサルすなわち
レコーディング・セッションだったからね」とエンジニアの談。
レス・ポールで弾いたクラプトンの文句のつけようのないソロをはじめ、
多くのオーバーダブが行われた結果、この曲の録音はこの日で完了。
他にはポールのファズ・ベース、ジョージによる高音のオルガン、
リンゴのパーカッション、それにジョージのリード・ヴォーカルと
ポールのバックハーモニーが加えられた。
クラプトンの参加は、ビートルズの名曲に素晴らしいプレイを
添えたばかりか、別の面でも4人に作用した。
ジョージは後にこう語っている。
「あれ以来、みんなもっと本気になった。
すごく真面目に仕事するようになったんだ」


ついにエリック・クラプトン登場!
持つべきものは友ですね(笑)。
エリックは最後までジョージが弾くことを進言していたそうだけど、
でも、ジョージのミュージシャンとしての鋭い嗅覚が、この曲には
どうしてもエリックのギターが必要だと感じさせたのでしょうね。

この曲は、エリック・クラプトンが参加したことにより、
ブルーズを基調としたハードロックの、ルーツとはいわないけど、
その流れの中に位置づけられる曲といえるのかもしれない。
そういえば1968年はブルーズ・ロックの大傑作が何枚も制作された
年だと何度か話したけど、ビートルズもこのアルバムを発表し、
Yer Bluesのようなブルーズ・ロックの傑作をものにしているので
当時の英国のこの波はいかに大きかったかが推察されます。

ここでもうひとつ興味深いのが、
クリームとビートルズの録音方法の違いですが、それは
ライヴバンドとライヴを辞めたバンドの違いと言えるのかもしれない。
この後はみんな真面目にやるようになったというジョージの発言も
なるほどと思いますが、素晴らしいミュージシャンの演奏に触れ、
感化され触発されてさらなる向上心が出てきたのでしょうね。
決してそれまでが不真面目だったという意味ではないかと(笑)。

一方で、エリックがポール・マッカートニーのベースプレイに
舌を巻き彼は一流のミュージシャンだと分かって驚いたという
エピソードも知られ、やはりお互いに刺激を受けていたんですね。
そのエリックが舌を巻いたというポールのプレイは、
一部で複音で演奏されていて、さすがはアイディアマン。
ポールのベースはやはりリッケンバッカーかな。

ジョージのダブルトラックのヴォーカルはやはりというか、
かなりずれている部分もありますね。
特に"How to unfold your love"の部分、音のずれ方もだけど、
"How"は片方が"I"に聴こえてしょうがありません。
まあでも、この曲の場合はまたずれていることが、
うまくゆかないことを表象しているようで面白いのですが。


03 
While My Guitar Gently Weeps


後半は僕自身のことを話します。

僕はこの曲、コード進行は高校時代に楽譜で覚えていたのですが
大学1年の夏休みの或る日、ふと思い立って、この曲の間奏の
エリックのギターを耳コピーしようと決意しました。
ラジカセにカセットテープを入れ、そのラジカセに
ギターのシールドをつないでラジカセからギターの音を出して
部屋の片隅でテープをかけて音を拾って弾いてを繰り返しました。
今思うとギターアンプはあったのに、どうしてそうしたのだろう。
2つの電気器具をいじるのが面倒だったのかな。
ギターは、今は友だちに貸したまま戻っていない(もったいない)
Fender Japanのキャンディ・アップル・レッドのストラト。
僕は絶対音感はないし、思った音をギターで出すこともできないけれど、
このソロは、音は基本的に単音で、早弾きでもなく、音をハミングして
口から音を出しつつ確認しながらギターの音と合わせてゆき、
確か1時間と少しくらいで音を拾い上げました。
この頃はチョーキング、ハンマリング・オンやプリング・オフは
聴きながらそうだと分かったので音を合わせられました。
ソロが分かると残りのオブリガードやエンディングはもう楽でした。
歌のバックはコードを押さえて適当にアルペジオ風にして弾くと、
これがなんだかそれらしく聴こえて自分でもカッコよかった(笑)。
イントロのピアノの音もギターで強いピッキングで弾きました。
しかしこれ、エリックのビブラートがすごくて、指の皮が切れまくり、
指や手首の骨や筋肉までが痛くなってくる始末。
あくまでも音をなぞって弾けるようになったというだけでしたが、
でも自分としてはよくやったなぁと、今にして思いますね(笑)。
若い頃はどんな人にもなにがしかの力があるという証拠ですね。

この曲はAメロがAmが基本、BメロがAメジャーが基本で、
そこでマイナーからメジャー、メジャーからマイナーへ
180度すぱっと音が切り替わるのが不思議な響きでした。
ジョージの作曲にはだいぶ癖があることも見えてきました。

歌詞は断片的な心象描写で、ストーリー性はないですね。
中学生の頃は実体験も想像力も足りなかったのであまり理解できず、
こういう歌詞もあるんだなって思ったくらいでした。
この曲には中学生では習わないレベルの英単語が多く、
それもジョンやポールとは違うと感じた部分であり、僕の中で
ジョージは皮肉屋で理屈っぽいというイメージが形成されました。
特にそれは2回目のサビ、Bメロの部分で、書き出すと、
♪ I don't know how you were diverted,
 you were perverted too
♪ I don't know how you were inverted,
 no one alerted to

太字で書いた4つの単語は中学では習わなかったはず。
そして他にも使われいてる例を当時は知らなかったので、
辞書を引いて意味を想像するだけでした。

しかしその後、"invert"は「取り替えるならインバーター」という
ナショナルのCMなどで一般的に使われるようになったし、
"alert"はPC関係で「アラート」と今はよく使われていますね。
そして"divert"は「生物多様性」が"biological diversity"で
これも割と身近に存在する単語となりました。
ついでにいえば"unfold"もPCで出てきますね。
こうして書くと、30年で言葉も変わるんだなって実感します。
とりわけ、PCの一般化で言語環境もだいぶ変わりましたね。

そして最後にもうひとつ、この曲の思い出といえば何といっても
ジョージ・ハリスンの東京ドームコンサートで生で聴いたこと。
そこにはもちろんエリック・クラプトンの姿も。
涙が出るほど感動して、もうその場に立っているだけでした。
その時の演奏はCDで聴くことができますが、でも僕は、
コンサートは思い出、今はそのCDはあまり聴きたくないですね。



この記事の写真ですが、僕はこの曲は、時間帯でいえば
午前5時より前のまだ暗いけど夜ではない時間帯、
というイメージが昔からあります。
でも、その時間帯の写真はないので、いつものように
日の出の頃の写真ということでお許しを。

ところで、
Dear Prudenceには"bird"が、この曲には"guitar"が出てくるので、
この2曲ではからずも僕の名前になりました(笑)。
そういえばこの曲で、"guitar"の発音が
ター
ではなく
ター
であることもよく分かりました。

3月中にあと7曲と考えると割と余裕かなと思っていたのですが、
よく考えると3日に1つくらい上げ続ける必要があるわけで、
そうなると余裕をかましている暇がないと分かり、
家にいなければならない今日も続けて上げました。
続きの次回はまた次の週末かな。



ビートルズの僕の10曲

ここまでは4曲

I Feel Fine
Come Together
Dear Prudence
While My Guitar Gently Weeps


あと6曲。


04 
While My Guitar Gently Weeps






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While My Guitar Gently Weeps