2016年03月09日
ありがとう、ジョージ・マーティン、そしてさようなら
01

ビートルズのプロデューサー、
サー・ジョージ・マーティンが亡くなりました。
享年90。
スポニチアネックスの記事を引用します。
***
「ザ・ビートルズ」の作品をほぼプロデュースしたことから
「5人目のビートルズ」と呼ばれた英音楽プロデューサーの
ジョージ・マーティンさんが亡くなった。
90歳。
9日、海外メディアが報じた。
ビートルズのドラマー、リンゴ・スター(75)はツイッターで
「ジョージ・マーティンに神のご加護を。あなたの愛に感謝します」
などと追悼。
故ジョン・レノンとオノ・ヨーコ(83)の息子、
ショーン・レノン(40)もツイッターで
「言葉がありません。安らかに眠ってください」
などと追悼メッセージを送った。
マーティンさんは1962年、ビートルズを見いだし、
96年、音楽界への貢献からナイトの称号を贈られた。
98年、ビートルズのトリビュート盤
「イン・マイ・ライフ」をプロデュースし、発表した。
***
正直、目がうるっときました。
最近はことあるごとに、いつまでもお元気でいてほしい、
と思っていました。
90歳、大往生ではあるけれど、やはりお別れは寂しいですね。
ビートルズのことは折に触れて話してきているので、
歴史のifの話を、今回だけはお許しください。
もしビートルズのプロデューサーがジョージ・マーティンではなければ、
ビートルズはRUBBER SOULの前にダメになっていたかもしれない。
バンドはだめにならなくても、やっぱり、
RUBBER SOULはあのようには作られなかったかもしれない。
RUBBER SOULが出なければ、ブライアン・ウィルソンが
影響を受けてPET SOUNDSを作ることもなかったかもしれない。
RUBBER SOULとPET SOUNDSがなければ、
ロックンロールは依然としてダンス音楽のままだったかもしれない。
ロックンロールがダンス音楽でしかないものであるならば、
音楽を聴くことを趣味とする人がもっと少なかったかもしれない。
そうであれば、ロックをはじめとしたポピュラー音楽が(邦楽含む)、
教科書に取り上げられるなどということもなかったかもしれない。
もちろん、ビートルズやジョージ・マーティンがいなくても、
他の誰かが代わりに成し遂げていた可能性はありますが、
そういう話をしたくなるほどの大きな存在だったのではないかと。
それ以前にビートルズはDeccaのオーディションに落ち、
EMIに拾われた。
もしDeccaに合格していれば、
ジョージ・マーティンと一緒に仕事することもなかった。
さらにいえば、リヴァプールという小さな町で、偶然にも
2人の才能ある若者が近所に住んでいた。
その町には彼らの才能に惚れ込んだ商才に長けた男、
ブライアン・エプスタインもいた。
ビートルズのことを考えると、偶然の素晴らしさを思います。
突き詰めてゆけば、人間が、生き物が生きているのも
偶然につぐ偶然が重なった「だけ」のことだから。
ジョージ・マーティンがいなかったら僕だっていないかもしれない。
それくらい大きな人であることを言いたかったのでした。
などと、音楽とは大きく離れてしまいましたが、
ビートルズがなぜ広く親しまれ愛されるようになったのか。
ジョージ・マーティンはおそらくビートルズにこう言ったのではないか。
「お前たち、黒人の真似はするな」
R&B、ブルーズ、ソウルなどを好きになるのは構わない。
でも、それを自分なりのものに昇華してゆきなさい。
もうひとつ、ジョージ・マーティンは、ビートルズの前は
クラシックの録音に携わっていて、楽譜も書ける人でしたが、
若者のあやふやな音楽のイメージを確かな音として
提示することができた、これが大きいのでしょうね。
ビートルズに関する逸話を2つほど。
Yesterdayをポールが最初にスタジオで聞かせた時、
ジョージ・マーティンはこう言ったそうです。
「この美しい歌にドラムもベースも要らない」
ポールのギターとストリングスだけのアレンジになりました。
She's Leaving Homeを最初に聴いたジョージ・マーティンは、
涙が止まらなかったという。
02

さて、話だけで終わるのはジョージ・マーティンにも申し訳ない。
プロデュースした作品で有名な曲を幾つか、ビートルズ以外で。
写真01の6枚組CDボックス、
PRODUCED BY GEORGE MARTIN
50 YEARS IN RECORDING
に収録されている曲を中心に紹介します。
☆
Goldfinger
Shirley Bassy
(1964)
「007ゴールドフィンガー」のテーマ曲としてあまりにも有名。
特にシャーリー・バッシーの歌い方、インパクトという点で
007のテーマ曲として最高でしょうね。
☆
From Russia With Love
Matt Monroe
(1963)
「007ロシアより愛をこめて」のテーマ曲、マット・モンロー。
こちらは王道エンターテインメント。
☆
Live And Let Die
Paul McCartney & Wings
(1973)
やっぱりこれは入れないと(笑)。
「007死ぬのは奴らだ」、ポール・マッカートニー&ウィングス。
この曲はビートルズ解散後初めてポールとマーティンが組んだ
として当時話題になりました。
そしてポールはこの曲を歌い続けています。
☆
How Do You Do It
Gerry & The Pacemakers
(1963)
ジェリー&ザ・ペースメイカーズのこの曲は元々、
ジョージ・マーティンがビートルズの2枚目のシングルとして
用意し録音までしたものの、やはりオリジナル曲で勝負したい
というビートルズの意気込みに負けてお蔵入り。
それを歌ったジェリー&ザ・ペースメイカーズは全英No.1に。
☆
Do You Want To Know A Secret
Billy J Kramer with The Dakotas
(1963)
これは逆にビートルズのオリジナルを
ビリー・J・クレイマーwithザ・ダコタズが歌ってヒットさせたもの。
☆
Marrakesh Express
Stan Getz
(1969)
スタン・ゲッツのこれもボックスセットに入ってました。
ええ、つまり、聴いたけど覚えていなかった・・・
1969年のアルバムだから、CS&Nのオリジナルが出て
すぐに出したわけですね。
今度このCD買って聴いてみよう。
☆
She's A Woman
Jeff Beck
(1975)
ジェフ・ベックのこれはジョージ・マーティンの仕事として有名な1枚。
箱には別の曲が入っているのですが、ここはやっぱりですね、
ビートルズ絡みということでこれにしました。
☆
Sister Golden Hair
America
(1975)
アメリカ2曲目のNo.1ヒット曲も手掛けていました。
これは確かアメリカが望んだものだったと記憶しています。
☆
The Highwayman
Jimmy Webb
(1977)
ジミー・ウェッブの僕が唯一持っているアルバムも
ジョージ・マーティンのプロデュースなのでした。
このアルバムEL MIRAGEはかなり気に入っています。
☆
Get Back
Billy Preston
(1978)
ビー・ジーズとピーター・フランプトンが主役の映画
「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」
のサントラから、おなじみビリー・プレストンのおなじみの曲。
☆
Mystery Train
UFO
(1980)
英国ハードロックバンドのUFOもプロデュースしています。
R&Bのクラシックとしてニール・ヤングのカヴァーでも知られた曲。
☆
Ebony & Ivory
Paul McCartney with Stevie Wonder
(1982)
ポール・マッカートニーとスティーヴィー・ワンダー。
やはりこれを入れさせてください。
僕がリアルタイムで初めて聴いたビートルズのメンバーの新曲。
ジョン・レノンの死を受け、ポールがジョージ・マーティンと再び
手を組んだとして当時話題になり、僕も期待しました。
今でもリアルタイムでいちばん好きなポールのアルバムです。
☆
In My Life
Sean Connery
(1998)
最後はショーン・コネリーの語り。
ちなみに、歌詞の字幕には
"Some are dead and some are living"
と出てきますが、".. leaving"です。
でも、今日は特にそのくだりに心が止まってしまいますね。
03

ジョージ・マーティンは札幌にも来たんですよね。
「芸術の森」が開基となった時。
僕は東京にいたので、弟から情報を聞いただけですが、
札幌にいれば近くに行きたかったと、今でも思っています。
ジョージ・マーティンはクラシックの録音に携わっていた。
僕は、それがどれかを調べてCDを買おうと思っていましたが、
間に合わなかった、でもこれから聴いてみます。
音楽を通して生きる楽しさを教えてくれた人
サー・ジョージ・マーティン
安らかにお眠りください。
04


ビートルズのプロデューサー、
サー・ジョージ・マーティンが亡くなりました。
享年90。
スポニチアネックスの記事を引用します。
***
「ザ・ビートルズ」の作品をほぼプロデュースしたことから
「5人目のビートルズ」と呼ばれた英音楽プロデューサーの
ジョージ・マーティンさんが亡くなった。
90歳。
9日、海外メディアが報じた。
ビートルズのドラマー、リンゴ・スター(75)はツイッターで
「ジョージ・マーティンに神のご加護を。あなたの愛に感謝します」
などと追悼。
故ジョン・レノンとオノ・ヨーコ(83)の息子、
ショーン・レノン(40)もツイッターで
「言葉がありません。安らかに眠ってください」
などと追悼メッセージを送った。
マーティンさんは1962年、ビートルズを見いだし、
96年、音楽界への貢献からナイトの称号を贈られた。
98年、ビートルズのトリビュート盤
「イン・マイ・ライフ」をプロデュースし、発表した。
***
正直、目がうるっときました。
最近はことあるごとに、いつまでもお元気でいてほしい、
と思っていました。
90歳、大往生ではあるけれど、やはりお別れは寂しいですね。
ビートルズのことは折に触れて話してきているので、
歴史のifの話を、今回だけはお許しください。
もしビートルズのプロデューサーがジョージ・マーティンではなければ、
ビートルズはRUBBER SOULの前にダメになっていたかもしれない。
バンドはだめにならなくても、やっぱり、
RUBBER SOULはあのようには作られなかったかもしれない。
RUBBER SOULが出なければ、ブライアン・ウィルソンが
影響を受けてPET SOUNDSを作ることもなかったかもしれない。
RUBBER SOULとPET SOUNDSがなければ、
ロックンロールは依然としてダンス音楽のままだったかもしれない。
ロックンロールがダンス音楽でしかないものであるならば、
音楽を聴くことを趣味とする人がもっと少なかったかもしれない。
そうであれば、ロックをはじめとしたポピュラー音楽が(邦楽含む)、
教科書に取り上げられるなどということもなかったかもしれない。
もちろん、ビートルズやジョージ・マーティンがいなくても、
他の誰かが代わりに成し遂げていた可能性はありますが、
そういう話をしたくなるほどの大きな存在だったのではないかと。
それ以前にビートルズはDeccaのオーディションに落ち、
EMIに拾われた。
もしDeccaに合格していれば、
ジョージ・マーティンと一緒に仕事することもなかった。
さらにいえば、リヴァプールという小さな町で、偶然にも
2人の才能ある若者が近所に住んでいた。
その町には彼らの才能に惚れ込んだ商才に長けた男、
ブライアン・エプスタインもいた。
ビートルズのことを考えると、偶然の素晴らしさを思います。
突き詰めてゆけば、人間が、生き物が生きているのも
偶然につぐ偶然が重なった「だけ」のことだから。
ジョージ・マーティンがいなかったら僕だっていないかもしれない。
それくらい大きな人であることを言いたかったのでした。
などと、音楽とは大きく離れてしまいましたが、
ビートルズがなぜ広く親しまれ愛されるようになったのか。
ジョージ・マーティンはおそらくビートルズにこう言ったのではないか。
「お前たち、黒人の真似はするな」
R&B、ブルーズ、ソウルなどを好きになるのは構わない。
でも、それを自分なりのものに昇華してゆきなさい。
もうひとつ、ジョージ・マーティンは、ビートルズの前は
クラシックの録音に携わっていて、楽譜も書ける人でしたが、
若者のあやふやな音楽のイメージを確かな音として
提示することができた、これが大きいのでしょうね。
ビートルズに関する逸話を2つほど。
Yesterdayをポールが最初にスタジオで聞かせた時、
ジョージ・マーティンはこう言ったそうです。
「この美しい歌にドラムもベースも要らない」
ポールのギターとストリングスだけのアレンジになりました。
She's Leaving Homeを最初に聴いたジョージ・マーティンは、
涙が止まらなかったという。
02

さて、話だけで終わるのはジョージ・マーティンにも申し訳ない。
プロデュースした作品で有名な曲を幾つか、ビートルズ以外で。
写真01の6枚組CDボックス、
PRODUCED BY GEORGE MARTIN
50 YEARS IN RECORDING
に収録されている曲を中心に紹介します。
☆
Goldfinger
Shirley Bassy
(1964)
「007ゴールドフィンガー」のテーマ曲としてあまりにも有名。
特にシャーリー・バッシーの歌い方、インパクトという点で
007のテーマ曲として最高でしょうね。
☆
From Russia With Love
Matt Monroe
(1963)
「007ロシアより愛をこめて」のテーマ曲、マット・モンロー。
こちらは王道エンターテインメント。
☆
Live And Let Die
Paul McCartney & Wings
(1973)
やっぱりこれは入れないと(笑)。
「007死ぬのは奴らだ」、ポール・マッカートニー&ウィングス。
この曲はビートルズ解散後初めてポールとマーティンが組んだ
として当時話題になりました。
そしてポールはこの曲を歌い続けています。
☆
How Do You Do It
Gerry & The Pacemakers
(1963)
ジェリー&ザ・ペースメイカーズのこの曲は元々、
ジョージ・マーティンがビートルズの2枚目のシングルとして
用意し録音までしたものの、やはりオリジナル曲で勝負したい
というビートルズの意気込みに負けてお蔵入り。
それを歌ったジェリー&ザ・ペースメイカーズは全英No.1に。
☆
Do You Want To Know A Secret
Billy J Kramer with The Dakotas
(1963)
これは逆にビートルズのオリジナルを
ビリー・J・クレイマーwithザ・ダコタズが歌ってヒットさせたもの。
☆
Marrakesh Express
Stan Getz
(1969)
スタン・ゲッツのこれもボックスセットに入ってました。
ええ、つまり、聴いたけど覚えていなかった・・・
1969年のアルバムだから、CS&Nのオリジナルが出て
すぐに出したわけですね。
今度このCD買って聴いてみよう。
☆
She's A Woman
Jeff Beck
(1975)
ジェフ・ベックのこれはジョージ・マーティンの仕事として有名な1枚。
箱には別の曲が入っているのですが、ここはやっぱりですね、
ビートルズ絡みということでこれにしました。
☆
Sister Golden Hair
America
(1975)
アメリカ2曲目のNo.1ヒット曲も手掛けていました。
これは確かアメリカが望んだものだったと記憶しています。
☆
The Highwayman
Jimmy Webb
(1977)
ジミー・ウェッブの僕が唯一持っているアルバムも
ジョージ・マーティンのプロデュースなのでした。
このアルバムEL MIRAGEはかなり気に入っています。
☆
Get Back
Billy Preston
(1978)
ビー・ジーズとピーター・フランプトンが主役の映画
「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」
のサントラから、おなじみビリー・プレストンのおなじみの曲。
☆
Mystery Train
UFO
(1980)
英国ハードロックバンドのUFOもプロデュースしています。
R&Bのクラシックとしてニール・ヤングのカヴァーでも知られた曲。
☆
Ebony & Ivory
Paul McCartney with Stevie Wonder
(1982)
ポール・マッカートニーとスティーヴィー・ワンダー。
やはりこれを入れさせてください。
僕がリアルタイムで初めて聴いたビートルズのメンバーの新曲。
ジョン・レノンの死を受け、ポールがジョージ・マーティンと再び
手を組んだとして当時話題になり、僕も期待しました。
今でもリアルタイムでいちばん好きなポールのアルバムです。
☆
In My Life
Sean Connery
(1998)
最後はショーン・コネリーの語り。
ちなみに、歌詞の字幕には
"Some are dead and some are living"
と出てきますが、".. leaving"です。
でも、今日は特にそのくだりに心が止まってしまいますね。
03

ジョージ・マーティンは札幌にも来たんですよね。
「芸術の森」が開基となった時。
僕は東京にいたので、弟から情報を聞いただけですが、
札幌にいれば近くに行きたかったと、今でも思っています。
ジョージ・マーティンはクラシックの録音に携わっていた。
僕は、それがどれかを調べてCDを買おうと思っていましたが、
間に合わなかった、でもこれから聴いてみます。
音楽を通して生きる楽しさを教えてくれた人
サー・ジョージ・マーティン
安らかにお眠りください。
04

この記事へのコメント
こんばんは。
亡くなられましたね。
この方が居なければビートルズの偉業は有ったのか?とか・・・出会いも偶然なのか必然なのかとか、色々考えてしまいます。
このニュースを聞いて最初に思い浮かんだメロディーがオブラディ・オブラダでした。
自分でも理由は良く分からないですが、何か逸話があって、それを聞いたからかな~。
亡くなられましたね。
この方が居なければビートルズの偉業は有ったのか?とか・・・出会いも偶然なのか必然なのかとか、色々考えてしまいます。
このニュースを聞いて最初に思い浮かんだメロディーがオブラディ・オブラダでした。
自分でも理由は良く分からないですが、何か逸話があって、それを聞いたからかな~。
Posted by release-windknot
at 2016年03月09日 19:59

release-windknotさん、こんばんわ
そうですね、90歳は長生きですよね。
ほんと、ビートルズはジョージ・マーティンがいたからこそですよね。
彼がクラシックにこだわらない柔軟な考えの持ち主だったのも、
音楽の神様が与えてくれた贈り物だと思います。
私はちなみに最初に浮かんだ曲がやはりIn My Lifeでした。
今日は世界中で何万いやもっと多くの人がこの報に接して
自分なりの曲を思い浮かべているでしょうね。
Ob-La-Di...はポールらしい曲ですね。
そうですね、90歳は長生きですよね。
ほんと、ビートルズはジョージ・マーティンがいたからこそですよね。
彼がクラシックにこだわらない柔軟な考えの持ち主だったのも、
音楽の神様が与えてくれた贈り物だと思います。
私はちなみに最初に浮かんだ曲がやはりIn My Lifeでした。
今日は世界中で何万いやもっと多くの人がこの報に接して
自分なりの曲を思い浮かべているでしょうね。
Ob-La-Di...はポールらしい曲ですね。
Posted by guitarbird
at 2016年03月09日 20:22

こんばんは。
90歳だったんですね。
「耳こそはすべて」という自著の題名通りの
幸福な人生だったと思います。
私個人はやはり70年代の
リアルタイムで聴いた作品が好きですね。
“Live and Let Die”はメロディーの展開だけ聴くと、
映画の主題歌としては、しかも007ですよ、かなり奇態。
そこに、あの煽りまくる編曲。
流石50年代からのプロデューサー。
良く分かっていらっしゃる。
と、当時サントラ好きだった私は思いました。
そしてJeffの最初の2枚。
「気持ちよく演奏できる環境をセットしただけ。」
と語っていましたが。
半ばジャム的な音楽ではそれが一番難しいでしょうから。
Beatlesの人、と思っていたのでこの2枚の
鋭角的な音は新鮮でした。
兎に角一番最初に名前を覚えたプロデューサー。
且つ一番回数聴いたプロデューサーだと思います。
ご冥福を祈念します。
追伸:
曲は"Good Night",かな。
90歳だったんですね。
「耳こそはすべて」という自著の題名通りの
幸福な人生だったと思います。
私個人はやはり70年代の
リアルタイムで聴いた作品が好きですね。
“Live and Let Die”はメロディーの展開だけ聴くと、
映画の主題歌としては、しかも007ですよ、かなり奇態。
そこに、あの煽りまくる編曲。
流石50年代からのプロデューサー。
良く分かっていらっしゃる。
と、当時サントラ好きだった私は思いました。
そしてJeffの最初の2枚。
「気持ちよく演奏できる環境をセットしただけ。」
と語っていましたが。
半ばジャム的な音楽ではそれが一番難しいでしょうから。
Beatlesの人、と思っていたのでこの2枚の
鋭角的な音は新鮮でした。
兎に角一番最初に名前を覚えたプロデューサー。
且つ一番回数聴いたプロデューサーだと思います。
ご冥福を祈念します。
追伸:
曲は"Good Night",かな。
Posted by ミグの父 at 2016年03月09日 21:51
ミグの父さん、こんばんわ
「耳こそはすべて」読みました。
また読み返そうかなと思っています。
ほんとうに充実した人生だったでしょうね。
Live And Let Dieは私も最初に聴いた時「変な歌」と思いました。
そう思った曲はそうは多くないです。
それでいて特に最後のおとなしいところの歌メロがきれいで、
鼻歌で歌うと演奏がないので007であることを忘れます(笑)。
ポールはほんとこの曲が好きですよね。
ジェフ・ベックはWIREDを先ほど棚から出してきましたが、
今日は時間がないので明日また聴こうと思います。
私も、あのジョージ・マーティンがジェフ・ベック!?!?
と、もちろん後から知ったのですが驚きました。
いちばん最初に名前を覚えたプロデューサーは私もそうです。
というかビートルズ以前は音楽を聴いていなかったので、
プロデューサーという呼び方すら初めてでした。
小学生時代両親が歌謡曲番組をよく観ていたので私も傍らで
観ていましたが、曲紹介の字幕で「作詞○○、作曲×× 編曲△△」
と出てきた中の「編曲」の意味が分からなくて、それが
ビートルズを聴くようになって分かりました。
ミグの父さんはGood Nightだったのですね。
この書き込みは夜のうちにできてよかったです。
「耳こそはすべて」読みました。
また読み返そうかなと思っています。
ほんとうに充実した人生だったでしょうね。
Live And Let Dieは私も最初に聴いた時「変な歌」と思いました。
そう思った曲はそうは多くないです。
それでいて特に最後のおとなしいところの歌メロがきれいで、
鼻歌で歌うと演奏がないので007であることを忘れます(笑)。
ポールはほんとこの曲が好きですよね。
ジェフ・ベックはWIREDを先ほど棚から出してきましたが、
今日は時間がないので明日また聴こうと思います。
私も、あのジョージ・マーティンがジェフ・ベック!?!?
と、もちろん後から知ったのですが驚きました。
いちばん最初に名前を覚えたプロデューサーは私もそうです。
というかビートルズ以前は音楽を聴いていなかったので、
プロデューサーという呼び方すら初めてでした。
小学生時代両親が歌謡曲番組をよく観ていたので私も傍らで
観ていましたが、曲紹介の字幕で「作詞○○、作曲×× 編曲△△」
と出てきた中の「編曲」の意味が分からなくて、それが
ビートルズを聴くようになって分かりました。
ミグの父さんはGood Nightだったのですね。
この書き込みは夜のうちにできてよかったです。
Posted by guitarbird
at 2016年03月09日 23:51

ギタバさん、こんにちは。
またしてもポップス界の巨匠の訃報やね。
ギタバさんが書かれてるようにジョージ・マーティンと
ビートルズの出会いがなかったら、僕たちが聴いてる
音楽はかなり違ったものになってたやろうね。
今夜は中古LPで手に入れてからずっと愛聴させて
もらってるジム・ウェッブのEL MIRAGEでジョージの
仕事ぶりを偲ばせていただきます、合掌。
またしてもポップス界の巨匠の訃報やね。
ギタバさんが書かれてるようにジョージ・マーティンと
ビートルズの出会いがなかったら、僕たちが聴いてる
音楽はかなり違ったものになってたやろうね。
今夜は中古LPで手に入れてからずっと愛聴させて
もらってるジム・ウェッブのEL MIRAGEでジョージの
仕事ぶりを偲ばせていただきます、合掌。
Posted by potiwakaya at 2016年03月10日 14:55
potiwakayaさん、こんばんわ
ほんと、よくビートルズとジョージ・マーティンが出会ってくれた、
そしてマーティンが仕事を受けてくれたと感謝しかないですね。
ジミー・ウェッブのそれはぽちわかやさんのお薦めで買って
(ありがとうございます)私も気に入りましたが、まあ先入観が
あったとはいえ、やはりジョージ・マーティンの音だと思いました。
実際の音にプラスしてその名前にありがたみがあります。
ほんと、よくビートルズとジョージ・マーティンが出会ってくれた、
そしてマーティンが仕事を受けてくれたと感謝しかないですね。
ジミー・ウェッブのそれはぽちわかやさんのお薦めで買って
(ありがとうございます)私も気に入りましたが、まあ先入観が
あったとはいえ、やはりジョージ・マーティンの音だと思いました。
実際の音にプラスしてその名前にありがたみがあります。
Posted by guitarbird
at 2016年03月10日 18:13

こんばんは
マーティン師匠には返しきれない恩しかありません。自分も、いつか死ぬまでビートルズから降りることはできないでしょう
どうか、安らかにお眠りください
マーティン師匠には返しきれない恩しかありません。自分も、いつか死ぬまでビートルズから降りることはできないでしょう
どうか、安らかにお眠りください
Posted by fpshot at 2016年03月10日 21:09
fpshotさん、こんばんわ
ほんとうに「恩」という言葉がふさわしいですね。
ビートルズがいつまでも聴き継がれる音楽になったのも、
「先生」のおかげですね。
あと私は90歳まで生きたいと思いました。
(昔占いで長生きできないかもと言われたことがあるので・・・)
ほんとうに「恩」という言葉がふさわしいですね。
ビートルズがいつまでも聴き継がれる音楽になったのも、
「先生」のおかげですね。
あと私は90歳まで生きたいと思いました。
(昔占いで長生きできないかもと言われたことがあるので・・・)
Posted by guitarbird
at 2016年03月10日 21:40
